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Saai とは 冴えた藍 のこと
芸術家であり、職人でもある 田村(旧姓:野田)美奈子が
京都市立芸術大学と古庄染工場で 学び磨いた感性と技術で 「冴えた藍」を生み出します
Saaiでは 主として「オーダーメイドの商品」を承っております。
saaiブランドの過去の商品や情報については こちらGo to Saai facebook page をごらんください。
A C C E S S
板野町なくしてジャパンブルーは語れない
Saai dye studioのある板野町は、藍すくもを改良し、徳島県全土に広めた「犬伏久助」を生んだ町です。
当時の藍すくもは「生産性が悪い」「運搬にも向かない」「腐りやい」などのデメリットを、彼の研鑽で克服したと言われています。
久助はその技術を「自身のみのもの」とはせずに、弟子を作り、県内全土に進んで伝え広げました。
彼のこの功績がなければ、徳島県産の藍すくもが国内で「阿波藍」と呼ばれることはなかったと考えられます。
それゆえに、阿波藍は国内の藍に関する市場を大きくし、また独占していくことになりました。
後の時代に、イギリスの化学者アトキンソンに「ジャパンブルー」と呼ばせるほどに、見るもののすべてが藍染だったのは、板野町の犬伏久助の功績あってのものだと言えるのです。
犬伏久助は、死後、弟子たちにその功績を讃えられ「藍染庵」と呼ばれる小さな祠に祀られることとなり、神格化されています。現在も、藍染庵はひっそりと板野町に祀られています。
Saai dye studioの詳細情報について  藍染庵の場所について 

S a i k i a n
「西輝庵」は 江戸時代に田村家の先祖が作った 御家流書体の学び屋です
現代の西輝庵は 書ではなく 藍すくも文化 を学んでもらうため その名を復活しました
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